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院長コラム

人類史からみた、歯の咬耗

歯の摩耗、咬耗について。

縄文人は、現代人とは異なり歯が激しく咬耗していました。
先史時代人における咬耗の主な原因は、上下の歯どうしがこすれて生じる(attrition)と食物とその中の異物(砂等)によって出来る(abrasion)であったと思われます。 この激しい咬耗は、世界中の先史時代人において普遍的な特徴であります。とくに狩猟採集に重点をおく人々で、咬耗が激しい事が知られています。つまり、過去のライフスタイルにおいては激しい咬耗は普通の事で、さらに霊長類を含む哺乳動物の間では歯の咬耗が生じる事が通常で、機能状必要な現象となる事もあります。

咬耗量の減少
咬耗量は、縄文人から現代人にかけて劇的に減少してきましたが、面白い事にそのパターンは前歯と臼歯で異なっています。稲作をした弥生人は、縄文人に比べ臼歯は同等であるが前歯の咬耗量の減少が見られます。狩猟採集から農耕への移行に伴って前歯の咬耗量が減る現象は、他の地域にも見られます。
次に鎌倉時代になると、前歯の咬耗が劇的に減ります。これは箸を用いる文化の普及と想像されます。一方、臼歯部の咬耗量が著しく減ったのは、江戸時代の江戸の住人からで、食文化に大きな変化があったと推測されます。それ以降、現代まで大きな変化は見られません。

咬耗量の減少が招いた不具合
咬耗には、虫歯や歯周病などの歯科疾患の予防効果があります。そのため咬耗量の減少がこれらの歯科疾患の増加に一役買っていることは、多くの研究者が指摘しています。
もう一つ重要な可能性として咬耗と不正咬合との関連があります。現代社会では不正咬合が珍しくないが、縄文時代にはこのような問題は事実上存在しなかったと云われています。それどころか縄文人と現代人では咬み合せの形態に大きな違いがあることが古くから知られています。
江戸時代以降の人々の、前歯部は上顎が下顎に覆いかぶさる咬み合せの(ハサミ状咬合)を正常と見なしますが、縄文人では上下前歯部が切端で咬みあう(鉗子状咬合)が一般的であり、これは世界各地の先史時代人に共通してみられる特徴です。現代人のようなハサミ状咬合が優勢になったのは、数百年前ごろからのようです。
また現代社会で不正咬合が増加した理由として、食生活の変化からくる顎骨の発育不良があげられます。
(しばしば誤解されるが、これは遺伝子の変化を伴わないので顎の退化現象ではありません。)
咬耗量の減少と一致して、日本人の顎骨の発育不良は江戸時代以降に顕著となることがわかってきました。
一方、不正咬合の主因ではありませんが、咬耗量の変化は歯列形態の時代変化に大きく影響してきました。咬耗による変化に対し、機能的な歯列形態を保とうとするメカニズムがあることがわかってきました。「連続的萌出」「近心移動(臼歯)」「舌側傾斜(前歯)」この様な歯の生理的移動はおそらくヒトだけではなく哺乳類に一般的に備わっていると予測されます。これらのメカニズムは先史時代人の歯列形態のカギになると考えられています。実は先史時代人も、歯が生えてきた子供の頃は現代人のようなハサミ状咬合を示し、その後、前歯部の咬耗が進むに従い舌側傾斜が生じ鉗子状咬合が形成される。つまり縄文人は、咬耗に伴い歯列形態が形成されたのです。

不正咬合の進化医学
日本人の例でみても歯の咬耗が、著しく減ったのは歴史時代に入ってからであり、顎骨の発育不良が目立ち始めたのは江戸時代からです。
人類は、歴史上その大半をタフで力強い咀嚼を必要とし、かつ歯の激しい咬耗を引き起こすような食環境の下で過ごし進化してきました。私達の顎骨と歯列の発育はそうした環境を前提としてプログラミングされてきた可能性が高いと思われます。それは、人類進化の中だけでなく、それ以前、霊長類・哺乳類の進化の過程で形成されてきた可能性すらあります。
不正咬合の増加は、こうした先史時代の前提が崩れたために生じたと理解できます。つまり、我々が創り出した新しい環境の下(食文化の変化)うまく機能しなくなったと考えられます。
それでは我々は、歯を人為的に削ったり、硬い食事をして先史時代的な姿を取り戻すよう努力しなければならないのであろうか?
そのような議論もあったが、形態の変化が必ずしも機能上の障害が起こるとは限らない。一方で、ここで紹介したように人類学的研究は、現代人のみをみて“正常”という概念を定義することの危うさに気づかせてくれます。

2017.08.28 広瀬 俊


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